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創作工房とは

なぜ創作工房なのか?

むつみ屋の創業者「竹麓輔たけろくすけ」は30年以上らーめんを創り続け、これまでお客様に500種類以上のらーめんを提供してきました。竹麓輔らーめん創作工房 竹麓らーめんは、「竹麓輔」がこれまで開発したメニューを更に改良し、今の時代により適した、新しいラーメンを創作していきます。

「2度の挫折」の始まり

「竹麓輔らーめん創作工房 竹麓らーめん」が出来上がるまでには、2度の挫折がありました。
竹麓らーめんの前身は、1987年に創業した「蔵屋」というらーめん店。当時サラリーマンとして働きながら、勤務先に秘密裏に立ち上げた会社でした。「蔵屋」は物販も含め5店舗、売上6億まで成長しました。
しかし、数年が経ち、16年間勤めていた会社にラーメン店を経営していることを知られ、会社を首になってしまいました。悪いことは続き、バブルの波に飲み込まれ、「蔵屋」経営悪化。仕事を失い、「蔵屋」の多額の借金を背負い、追い込まれ、自殺未遂にまで至りました。

らーめん作りに全てを捧ぐ

「ログハウスでゼロからやってみろ」と、自暴自棄になっていた竹に声をかけてくれた方がいました。
ログハウスがある北海道の月形市は、刑務所しかないような当時人口5,000人程度の土地。所持金は821円。そんな環境下で竹はログハウスに籠り、料理の基礎を1から学び、らーめん作りに没頭しました。

売上高わずか8万円から
全国展開

1996年12月24日に「むつみ屋」をオープン。オープン当日はお客様が2人、その年の売上高はわずか8万円でした。そこから味づくりの工夫を重ね、赤みそ、白みそ、塩、醤油と多彩ならーめんを提供しました。
竹は、更に味づくりを探求し続け、牛乳入りのカントリーらーめんや、行者ニンニクを練りこんだ餃子など、ログハウスで工夫を凝らし生み出してきたメニューを次々と世に放ちました。月形という立地にも関わらず、年々お客様が増え、わざわざ遠くから足を運ぶお客様も見られるようになりました。
1998年、北海道新聞社主催「あなたが選ぶラーメン大賞」グランプリを獲得。
自分の味がようやく見えてきた頃、全国から「自分もむつみ屋のらーめんをやりたい」と言って集まってくる人が後を絶たなくなり、ログハウスで仲間と昼夜らーめん創りに没頭しました。そんな仲間にのれん分けし始め、フランチャイズ展開が始まったのです。
その後の竹は、らーめんに留まらず、火鍋、ジンギスカン、カレーなど様々な業態を開発し成功させ、わずか6年で全国100店舗を超え、その後順調に業績を伸ばし、2006年には売上高100億円を突破し、直営・FC合わせて176店舗まで達しました。
しかし、順風満帆に見えた「むつみ屋」も、「蔵屋」のようなどん底に引き落とされました。

2度目の挫折

日本最大規模のラーメン店に成長しましたが、流行の移り変わり、競争が激化したらーめん業界において、次第に来店者数が減少。2012年12月には売上が8億円まで縮小し、2013年11月に自己破産の申請をしました。
全てを失った竹は、「蔵屋」の時よりも更にどん底を味わうことになってしまいました。

原点に還る

どん底の状況で、竹がよく思い出したのは、ログハウス時代のことでした。
らーめん創りに没頭し、仲間と切磋琢磨して新しいらーめんを開発し、お客様に「また来るよ」と言ってもらえる喜び。のれん分けで自立していく弟子たちの活躍を見守れる幸せ。「また、かつてのようにみんなに喜んでもらいたい」その思いが竹をつき動かしました。
そうして、ログハウス時代のように、どん底の状況で試行錯誤を重ね、満を持してオープンさせたのが、「竹麓輔らーめん創作工房 竹麓らーめん」です。

ログハウス時代のように「常に新しいらーめんを追求し、それをお客様に提供する。」それが竹麓らーめんです。今後、試食会などを実施して、常に進化したらーめんを作り続けます。
更には、常に進化する竹麓らーめんの味をあなたのお店でもお取り扱いいただけるよう、竹麓らーめん"味わけ"を発足しました。

「食べる」「創る」の両方を「竹麓らーめん」ではお楽しみいただけます。